早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第八十五回 修学旅行のアルバム

中学の修学旅行(1963) 中学の修学旅行(1963)

こないだお母さんが床下収納の中から僕が中学のときの修学旅行のアルバムを見つけてくれたんだけど、この写真のことはまったく覚えていない。カメラも覚えてないなぁ。何しろカメラは持って行っているんだよね。あ、ネガが挟まってたの? 縦位置で撮っているのが多いと思ったら、やはりハーフ判か。ハーフ判ということはオリンパスPenか? 早田さんが中学の時にオリンパスPenがあったかって? 昭和25年生まれだから中学の時にはPenはもちろんありましたよ。もしかするとPen Dかも。よく撮れてるもの。開放じゃなくて絞っているから写るんだよ。PenっていってもPen EEじゃないからピント合わせはしてるんだよ。だからキレイに写ってる。

小学校の時は日光だけど、中学の修学旅行は京都だったかな? 記憶にないなぁ。中学の時はいろいろあったからね。小学5年のときに近所の友達がまとめて浅草警察にとっ捕まったことがあるんだよね。同級生の中にA山っていうクソ野郎がいて、そいつがもうグッチャグチャにしてたの。腐れ縁なんだけど給食のパンを持っていったりすると寂しいもんだから帰っちゃ嫌だっていうんで、付き合っていたんだよ。それで遊びで万引きを繰り返して、その品物をどうする訳でもなく空き家に放り込んでいたの。それで全員が浅草警察で『まちがいなく私がやりました』って小指の指紋を押したんだよ。A山は中学1年のときにも騒ぎを起こして、そのまま少年院に行っちゃったの。そのときには俺はもう離れていたんだよ。でも、小学校でそういう問題を起こしているから中学校の先生は『あいつはA山の仲間だよな』って言われて、目をつけられていたんだよね。

まぁ、色々あったんだけど音楽だけはずぅ〜っとね、小学校の3年生ぐらいからやってるの。スクールバンドの音楽の先生が才能を見出してくれたんだよ。親父は救世軍だったから学校に楽器を寄付したりして、音楽に対しては理解があったんだよ。中学3年の頃には楽器の練習をしっかりやりたくて救世軍の楽団でやるようになったんだよ。それで高校のときには救世軍の日曜学校の先生もやってたんだけど、それが子供達にすごい人気になっちゃったんだよね。聖書の話がめちゃくちゃ面白かったらしいんだよ。でも日曜の朝は眠たくて起きられなくて、教会に行けないわけよ。礼拝が終わった時間からだから日曜学校って10時くらいからなんだけど俺は普通に家で寝てる。そうしたら子供達が家に来るの。家の前で『先生! 先生、起きて!!』って(笑)。上野の教会から浅草まで迎えに来るくらい人気だったんだよ。

高校の修学旅行は東北でした。でも、カメラは持っていってないの。そもそも修学旅行に行く気がないから家で寝ていたんだよ。上野駅に集合して電車に乗るんだけれど、早田が来ないっていうんで先生と友達が浅草まで戻って迎えにきてくれて『ハヤタ〜。行くぞぉ!』って店の前で叫ばれちゃってね。それで鞄にパンツだけ入れて修学旅行に出かけたもんだから、それこそカメラどころじゃなかったんだよ。